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未来へ


2011年3月11日は、渋谷の宮益坂の上のガススタの上のビルで仕事をしてました。昼過ぎにどえらい揺れがあって、そのビルがとても古いビルだというのもあって、とっさに「終わったー」と思ったけれど、幸にして倒壊などはせず怪我もなく。

 

その日は電車、バス全て止まって、タクシーなんかももちろん拾えないから、帰宅難民になる人がほとんどで、当時川崎に住んでいた僕もはなから帰宅することは諦めて、その日は目黒の実家まで歩いて帰って、一晩泊めてもらい翌朝帰るというコースを辿ったと記憶してます。2011年3月11日は金曜日だったので、一泊して土曜の朝川崎の自宅マンションに戻ると、食器棚からお皿やコップが飛び出して割れていました。ここも揺れたんだなあと思いながら、ガラスの破片を拾い集めたのを覚えています。

 

その後、時差を経て原発の事故、津波などが起きて、日本はパニック下にいるのだということを改めて噛み締めることになり、当時勤めていた会社も自宅待機期間に入る決断をし、テレビのニュースを見ながらこれからどうなるのだろうと一人で考えていたのを覚えています。その後、ガソリンが入れられないという不便があった記憶がありますが、それ以外に東京・川崎周辺で何か生活に不便したという記憶はないので、日本は案外頑丈なんだなあとその時は思っていました。

 

僕の3.11当時の思い出はそんな感じなのですが、その後いろいろな人の話を聞くとあの災害を経て何かが変わったということを言われてる方は結構いて、ある経営者の方はあの震災の被害を見て、「やりたいことを今やらないと」と思って起業されたという話を聞かせてくれましたし、ある方は新しい会社に移られたり、ある方は結婚を考え始めたり、僕が知ってるだけでも結構な数の方があの災害をトリガーにして何かを考え始めアクションをしているのだなあと感じることができるわけです。それだけ日本国民にあの出来事が与えたインパクトは大きなものだったのでしょう。僕もその年の終わりに仕事を変えたりしましたが、それはたまたまで、あまり震災とは関係ないと思っていますが、今は忘れたけれどもしかしたら背中を押す力の幾ばくかにはなっているのかもしれません、無意識ですけれど。

 

丸9年が経って、現地ではいまだ影響下にある方もいらっしゃるとは思いますが、東京で生活している僕からすると震災の影響はもうすでにないように感じます。あれだけの災害があっても立ち直ってこれた日本はすごいなと、自分たちの国ながら、今でも思います。

 

昨今、地震とはまた別の形ですが、コロナウイルスの感染拡大による被害が日本を襲っています。今度は少し状況が違ってて日本だけではなく世界各国に渡ってです。3.11のときに感じた「日本て案外頑丈」という感覚が今回は全く感じられていないことに少しですが恐怖を感じています。3.11のときに感じた「なんとかなるだろう」という感覚が今回だいぶ薄くなってしまっていることが大きな原因です。それは自分の年齢が9個上昇したというのも影響あるかもしれませんし、もちろんそれだけではなく、日本自体の、日本を取り巻く、諸々の環境がそう感じさせるのだと思います。

 

そんな感じで不安は多い昨今ですが、この不幸な出来事があった3月11日に、それを乗り越えて立ち直ってきた実績も改めて思い出しながら、ここから未来へ向かうためにどうするかを改めて考えて行かないとならないなと強く思います。どのような未来へ、どのようにして向かうのか、今日だけとは言わず、僕自身も微力ながら考えていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 



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